2008年7月1日火曜日

理科系のためのデザイン~構造化(その2)

 デザインにおける表現の構造化と、理科系人間の考える構造化とは、ほとんど同じ概念であるように思う。例えばエンジニアリングとデザインにおけるそれぞれの「構造化」を例に、その目的を比較してみよう。

<エンジニアリングにおける構造化の目的>
・編集性:ヒトの認知限界を超えることなく、効率的にシステム全体を設計・最適化できる。
・認識性:システムを観察する人(エンジニア)が変わっても、全体を容易に把握することができる。
・拡張性:システムの目的が変更(バージョンアップ)されるときに、モジュール単位で交換が可能である。

<デザインにおける構造化の目的>
・編集性:デザイナーの負荷を減らし、スタディの可能性を広げ、結果的に短納期に設計を完了できる。
・認識性:顧客(オーディエンス)に対して、視線誘導や運動構成の適格化により、審美性を保ちつつデザインの意図を的確に伝えることができる。
・拡張性:デザインの基本的な雛形・定石が決まれば、それを別のプロダクトラインへ容易に適用することができる。また全体のデザインをくずすことなく、各モジュールを交換することができる。

 例えば編集性を満足するために、グラフィックデザイナーは紙面のレイアウトをする際のよりどころとなるグリッドを決める。そして読み手のことを考えながら個々の見出し、記事や写真などのモジュールをどのように配置するかを考えること認識性を高めている。これは、自分たちの仕事をわかりやすく構築し、他人が読んでも見やすいようにシステムを作るエンジニアの思考に非常によく似ている。


図:PCのマザーボード(デザイナー:ASUS Corp.)

 拡張性が十分に満たされていれば、システムの更新は簡単に行うことができる。例えばマザーボードのレイアウトは、メモリーなどの増減、バージョンアップ、改良などに対して対応できるよう、各種モジュールが効率的に配置されている。また、グラフィックデザインにおける「視線誘導」の代わりに、「電気の効率的な誘導」という観点から、レイアウトのバランスが決定されている。(例えば中央上のCPUと紫部分のメモリーソケットの間は最も大量のデータが流れるため、なるべく近くに配置されている。メモリーはノイズの影響を減らすため、右端の電源ソケットになるべく近い場所に位置している)

 効率性・認識性・拡張性を向上させた結果、システムは全体は美しい機能的合理性を持つ。建築のように変化がゆるやかな分野では、メタボリズム的な交換可能な構造化はうまく行かなかったようだけれども、ソフトウェア、Webデザイン、プロダクトデザイン、グラフィックデザインなど、めまぐるしく対象の変化する分野では、構造化が追求されつつある。
 トム・ヴィンセント氏のPingMagに「RFIDの美学」という記事が出ていた。コンパクトに構造化されたデバイスならではの美しさに触れており、はっとさせられる。

 
図:RFID(IDと無線通信機能を搭載した非常に小さなデバイス、小学生の登下校管理から流通製品の管理まで、幅広く利用されている。)

 工学系の学会でプレゼンを見るたびに、理科系人間は「デザイン的なセンス」という意味での構造化をもっと勉強しても良いと思うし、デザイナーと話すたびに、デザインの背後にある「合理性」という意味での構造化をもっと勉強しても良いと思う。エンジニアもデザイナーも、せっかく同じ思考を持っているのだから。

理科系のためのデザイン~構造化(その1)

 前回、S/N比という比喩をつかって装飾をそぎ落とすデザインについて説明してみた。今度は「構造化」をキーワードに、デザインにおけるグリッドやモジュールの重要性を見て行きたいと思う。

図:構造化プログラミングの典型的なフローチャート

 理科系人間にとって、「構造化」は重要なテーマである。エンジニアリングやサイエンスの世界においては、どんな知識も形式化されているから、その情報量たるや膨大である。それらをいかに漏れなく重複なく、スッキリと構造化して整理できるかが、研究成果をまとめるときの肝になる。
 特に、短期間で膨大な情報を扱うソフトウェアの世界においては、プログラムを小さな機能単位(モジュール、サブルーチン、インスタンスなどという)に分割して、これらの単位を積み上げることによって全体として複雑な構造を持つシステムを設計する。機能単位ごとに分けることで、次のようなメリットがあるといわれている。

1.システムを観察する人(エンジニア)が変わっても、全体を容易に把握することができる。
2.ヒトの認知限界を超えることなく、効率的にシステム全体を設計・最適化できる。
3.システムの目的が変更(バージョンアップ)されるときに、モジュール単位で交換が可能である。

 こうした思想は1960年代ごろから盛んに取り入れられるようになった。ちょうど、建築の世界でメタボリズムの様式が流行した時代とも一致するところが面白い。

写真:日本のメタボリズム建築を代表する中銀カプセルタワービル、バブル経済とポストモダンが生んだ夢の跡。

 実は、デザインにおける表現の構造化と、理科系人間の考える構造化とは、ほとんど同じ概念であるように思う。次回はそのあたりについて詳しく見てみたい。(つづく)