ラベル 自然×デザイン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 自然×デザイン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年7月12日火曜日

2011年6月8日水曜日

アリの巣をそのまんま型取りした彫刻


Ant Colony

巣に溶けたアルミを流し込んでいますね、、、かわいそうに。
http://design.style4.info/2011/06/ant-colony/

2011年5月11日水曜日

デザイナーやアーティストが一度は通る道なの?自然とアルファベットの戯れ

dancewriter00.jpg



http://designwork-s.com/article/199375370.html

なぜデザイナーや美術関係者は、自然物のアルファベットによる「見立て」に興味を示すのでしょうか?
ずいぶん昔の話になりますが、アールデコのイラストレーター、エルテも同じように女性をアルファベットに見立てた一連の作品を発表していますね。


そもそもアルファベットというのは、自然の美しさからは最も遠い存在のように思えます。アルファベットとは、「恣意的な記号のみによる世界の表現」であり、アルファベットを使うことは「知性と感性との空中分解」(マクルーハン)なのだそうで。

自然物をアルファベット化するということは、これらのあまりに対照的な二者を知的に交流させたいという人工物デザインの欲望、はたまたクリエイターの内面に沸き上がるロマンスなのでしょうか。

ロラン・バルトの美術論集「アルチンボルドからポップ・アートまで」では、この女性アルファベットを題材に、芸術・絵画の読み解き方が紹介されていました。曰く、
  • 女の姿を変えずに、その姿だけを奪う、
  • 女とモードとのエロティックな関係
なのだそうで。まぁ、そういわれてみれば、そうかなぁとも思いますが。なんかグダグダになってきてしまいました。



そうそう、そういえば、最近AXISで紹介されていた阿部雅世さんのワークショップは、草花をアルファベットに見立てるというものでした。


これはほぼそのまま、Karl Blossfeldtの「The Alphabet of Plants」へのオマージュかもしれませんね。

自然から乖離しすぎた人工物デザイン、人工物アートを救済するための次の一手として、「ナチュラルでエコなアルファベット」とういのが一つのきっかけになりつつある、気がしています。

まとまりが無いなー。



2011年3月30日水曜日

光は三原色で出来ている、という大間違いについて。


「光の三原色」って本当にあるのだろうか?
「人の網膜には色を判別できる受容体が3種類ある」というのと、「光に3つの原色がある」というのは全く別の話しだと思う。
けれども我々は「色の三原色」「光の三原色」という実に曖昧な表現を教え込まれているためか、どうもこのあたりを混同しがちではなかろうか。実は、私もしょっちゅう間違えてしまう。例えば、

  • あるものが正確に赤(600nm)に見えているからといって、その光がレーザー光線のように赤(600nm)の成分だけを含むとは限らない。(光の波長と錐体の反応)
  • 印刷物の色と液晶モニターの「色」が完璧に同じに「見えた」としても、まずほとんどの場合それらは同じ「光」ではない。(光の周波数成分)
  • 全く同じにみえる「白色光」の照明であっても、それが照らしたときに色がみやすい白色光とそうでない白色光とがある。(演色)
  • 夕暮れ時に景色がブルーグレーに「見える」のは錯覚(プルキンエ現象)

「あたりまえじゃん」といえる人は、正しい知識を持っている人。
ひとつでも「?」が浮かんだ人は、私と一緒に勉強し直しましょう。


ちなみに世界には4色型色覚、つまり色を見分ける受容体が3つではなく4つある人がけっこう居るらしく、この人達の色の世界ってどんな感じなんだろう?我々の知らない「色」がみえているわけで、なんだかとてもロマンチック。
逆に4色型色覚の人々からみた我々の色の世界というのは、同じではない「色」を同じだと混同しているわけで。さてこの場合、どちらが「色覚障害」なのだろうか?(分解能力をとるか、適用人数をとるか)

色を見分けられない人たちの島
南太平洋のピンゲラップ島は、かつて台風でほとんどの島民が亡くなってしまい、その時たまたま生き残った僅かな島民の中に全色盲(色が全く分からず、明るさしか知覚できない)の人が居たために、その末えいの10人に1人が現在でも全色盲なのだという(ちなみに日本では数万人に1人)。その代わり、杆体細胞の働きによって闇夜での視力はとても良く、住民は夜になると活動しだして魚を捕るという独特の文化を形成していた。
このピンゲラップ島の旅行記を書いているのが、オリヴァー・サックスの「色のない島」というノンフィクション小説。あらためて「色って何だろう?」と考えさせられる一冊です。

2011年3月19日土曜日

高潮に注意しつつ、スーパー満月を眺める

Super Full Moon (movie strip, 550px)


本日はSuper Full Moon(スーパー満月)の日、今年1番大きな満月を見られるそうです(nasa)。
ただし被災地では、大潮前後の高潮に注意(tenki.jp)。

2011年2月18日金曜日

スタートレックの磁気シールド実現か

スタートレックの磁気シールド実現か


太陽(左)に向けて6万キロ以上も広がる地球の磁気圏(右)。この磁場により、地球の生命は有害な太陽放射から守られている。

2008年11月に発表された研究によると、最新の室内実験シミュレーションにより、従来の想定よりも小さな磁気シールドで太陽放射をはね返し、月や火星を旅する宇宙飛行士を守ることが可能だと判明したという。

nationalgeographic

2010年7月27日火曜日

メイドで打ち水

http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/blog/archives/m060822tm2.jpg

秋葉でも好評だった打ち水大作戦、冷却効果はなかなかのものらしい。
これって、建物の屋根にも応用できないかな?と思ったら、すでに製品化されていた。



三井住友建設の、屋根散水システム、ちゃんと特許にもなっていた。

住宅が密集する日本にぴったりの技術だと思う。ところで、住宅用にも作ってくれないかな?

2010年4月27日火曜日

麦わら帽子のイエス・キリスト

Yr(イア)先生はご近所さんだ。
高校時代の木工の先生である。

休日に家でごろごろしていると、ママチャリに麦わら帽子の出で立ちでセッセとやってきて、エホバの証人の話しをしていく。
「私は理科系の大学を出てしまい、すっかり無神論者になってしまいました」といっても、
「いやいや誰にでも欠点はありますよ」とやさしく宥めてくれるのである。
Yr先生は物知りで、特に木について色々教えてもらった。
良い先生だし、別に高価な壺を買わされるわけでもないので、なるべく足を止めて話をするようにしている。なんせ私の家と会社が近いもので、通勤途中や会社帰りとかにも、Yr先生にしょっちゅう出くわすのである。我が家と、Yr先生の家と、高校とは、きれいな正三角形をなしている。私はこの小さな正三角形の中でほぼほぼ、これまでの33年の人生を歩んできたといって良い。

ついでにいうとYr先生の家は、木工作家らしく手作りのログハウスだ。ログハウスの外壁は、油絵の具ですっかりカラフルに塗られていて、一つの絵画を見ている気分になる。しかもその絵画は、まるで東洋とも西洋ともわからぬ不思議なものになっている。というのも庭先には、古い武蔵野を標榜するかのように、とてつもなく大きな松の木が生えているのだ。このあたりは江戸時代、壮大なる松林だったようで、そのころの名残なのだとか。

そういえばジブリ美術館の周りにも、不釣り合いなほど立派な松林があるではないか。パステルカラーの漆喰で塗られてメルヘンチックなファサードを持つジブリ美術館は、正三角形の真ん中、すなわち重心のところにある。あそこは私の通勤路になっていて、開館に合わせて中国人と韓国人の観光客が行列をなしている脇を、これまた不釣り合いなスーツ姿の自転車ですり抜けながら通勤するのである。

ああ、不釣り合いなのはジブリの方かもしれない。屋上に突っ立っている作り物の巨神兵が見ている先には、いつもひときわ立派な松の木が聳えているではないか。毎日みているから、いつのまにかその滑稽さに鈍感になっていた。松の木が生えたラピュタなんて、あるだろうか?
そういえば4月1日の朝に、汚らしいチェックのネルシャツを着た出っ腹のオッサンが巨神兵の横によじ登って、右手に持った金ピカの美しい鐘を何度も何度も気が狂ったように鳴らしていた。あれは自分が天使か創造主だと思い込んだ誇大妄想のアニメオタクだと思ったのだけれど、今考えれば、宮崎駿その人だったのかもしれない。

松の木と、駿と、金ピカの鐘。
松の木と、駿と、金ピカの鐘。
松の木と、駿と、金ピカの鐘。

閑静な住宅街の道ばたで、先生はいつものように黙々と説教を始めた。
「石垣さん、イエス・キリストがどうして悲惨な死を遂げたか知っていますか?」
「残酷なストーリーの方が、布教する上で都合が良かったんだと思います」
思わず口から理系的な正解をこぼしそうになりながら、先生への敬意から「いいえ、知りません」とだけ答えた。

「イエス・キリストはね、石垣さんの為に死んだんですよ!」

麦わらの初老がスーツ姿の教え子に、なにやらただならぬ事を説教している。近隣住民の空気が凍り付き、おだやかな春の住宅街に、「石垣さんの為に死んだ!」の声が何度もこだましたような気がした。小さな正三角形の面積はその吹き出しでいっぱいになってしまい、もはや逃げ場を失ったかのように思われた。
先生は、その一撃が「決まった」のを悟ると、ふだんあまり見せない得意げな表情をして、いかにしてこの世の終末が恐ろしいものであり、そのための精神的な準備をしなくてはならないかを蕩々と説くのであった。

私はその、自分が置かれたあまりにも滑稽な状況から抜け出したくなった。そして金ピカの鐘を持ってジブリ美術館のてっぺんに登り、松の木に向かって思い切り鐘を鳴らしてみたくなったのである。

2010年4月3日土曜日

驚愕の空中撮影、鷹の目がビデオカメラになったら?



上平先生が身体能力と動物のデザインについて書かれていたのを思い出し、休日に何かビデオを見たくなる。

手に取ったのは、様々な動物の行動を特殊カメラで撮影したドキュメンタリー。
ダイアログ・イン・ザ・ダークのように、暗闇の洞窟の中を手探りで移動するヒヒの群れにビックリ。猛禽類との空中戦や、木の幹を避けながら林の中を高速で滑空する鷹の姿は圧巻。人間の技や、動物の身体能力からインスパイアされるデザインは美しい。


2009年6月28日日曜日

クリエイティブ・トークセッション in アクシスギャラリー ~ 福岡伸一×佐藤 卓

ƒvƒŠƒ“ƒg
  • 日時:6月30日(火)19:00~20:30(開場18:30、終了後に懇親会あり)
  • 主催:デザイン誌「AXIS」
  • 会場:アクシスギャラリー 
  • 参加費:2,000円(税込) 
  • 定員:120名(先着順。定員になり次第、締め切らせていただきます)
  • お申し込み:「6月30日(火)の第2回トークセッション参加申し込み」と明記の上、氏名(フリガナ)、職業、電話番号、メールアドレスとともに下記まで。
  • axismag@axisinc.co.jp
  • お問い合わせ:Tel: 03-5572-0800

詳しくはこちら

(via Y'not Report Revival)