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2010年5月31日月曜日

エンジニアの思い上がり、デザイナーの下心。

とある年配の経営者と、デザイナーやエンジニアなどのクリエイターが考えるべき社会的責任、Creators' Social Responsibilityという観念について話しをしたときのこと。

  • 年配「それで、石垣さんはデザイナーなんですか?エンジニアなんですか?」
  • 石垣「エンジニアなんですが、デザイナーとの中間地点を目指そうとしています。」
  • 年配「じゃぁちょうどいいんだけど、どうしてデザイナーとかエンジニアに限って、すぐに社会貢献とか、ユニバーサルデザインだとか、BOPとかっていう綺麗事を言い出すんですかね?」
  • 石垣「いやまぁ、職業にかかわらず、noblesse obligeということじゃないでしょうか。」
  • 年配「こりゃまた大きくでたねぇ!てことはデザイナーとかエンジニアっていうのはそんなに自尊心が高いのでしょうな?」
これには言葉もない。noblesse obligeというのは、確かに格差社会における自尊心を満足するための貴族的立場の人々のための行動様式である。
  • 石垣「自尊心に富むのはごく一部の人だとは思いますが、なんというかまぁ、製品を作り出す職業としての誇りといいますか」
  • 年配「それって虚しい誇りなんじゃないんですかね。本当に社会貢献というのなら、あなたの居る企業の活動そのものが社会貢献とイコールになるようにしなくてはいけないでしょう。あくまでエンジニアとかデザイナーという小さな枠組みでピーピー言ってるっていうのはさぁ。」
  • 石垣「自分たちの思い上がりっていうことですか?」
  • 年配「そうね、なんだか、下心っていうか、外から見るとわざとらしい感じがするんですね。そんなに言うなら政治家になって世の中を変えるか、でなきゃユニセフにあなたの給料を全額寄付した方が効率いいんじゃない?」
このあたりの議論は、世代ギャップによるものも大きいように思った。大企業を中心とした産業の継続的成長を前提とする昭和的な価値観、とでもいうのだろうか。いずれにせよ、本音で話し合えるのは大切だと思う。と、まぁ、結局のところ「エンジニアの思い上がり」でも「デザイナーのわざとらしさ」でも、何でも良いのである。自分たちにできることを続けて、フィードバックを得ながら進めることが大切なのだろうなぁ。

2010年5月11日火曜日

デザインって何の役に立つの?ズバリ答えましょう。

仕事で会う人なんかに、よく「デザインは何の役に立つんですか?」っていわれる事があります。普通、これをデザイナーに質問したら失礼になるのかもしれませんが、私はデザイナーではないので、皆さん直球で聞いてくるのです。

この手の質問の答えは多面体であり、正解というものはありません。そんな時は、自分の「お気に入り」を見つけるのが良いでしょう。


回答例その1

  • 「何の役に立つか」だって?愚問である!
  • それは感性で感じるものであって、言葉で説明するものではないのだ。
  • デザイナーであるこの私の感性によって良いデザインが生まれるのである。
ここまでダイレクトではなくとも、この手の回答を心の中に持っているデザイナーも多いようです。この回答は決して間違ってはいませんが、多くの誤解を招くでしょう。大多数の人はデザインの意義を「感じる」ことが出来ず、それを言葉で説明することを要求しています。
ちなみにあなたが経営者であって、元気の無いデザイナーを激励したいのであれば、この手の言葉を発すればイチコロだったりします。


回答例その2
  • デザインとは商品の戦略的ブランディングそのものです。
  • 他の商品と区別させるための「差異」をつくりだせます。
  • 実際のコストよりもより「高価」に見せることができます。
この回答は、発注元や経営層にはすんなり理解できるでしょう。そしてあるデザインが、具体的に、定量的に、どのように人の知覚に作用し、差異(価値)を生み出すかを証明することができれば、素晴らしいことだと思います。つまり、デザインする前と、デザインした後とで、どれだけ「見かけの」商品価値を向上させられるかどうかが問われることになります。これが出来ればマーケターを大喜びさせることができます。
ただし、デザイン系の研究者やイノベーション系の人に言うと嫌がられます。デザインは消費拡大のための道具ではなく、もっと崇高な物だと言わなくてはなりません。注意してください。


回答例その3
  • デザインとは商品・サービスを企画する上でのプロセスです。
  • 多くの利害関係者、多くの専門職同士の意志疎通を助け、プロジェクトを成功させます。
  • ビジュアライズ、ブレスト、プロトタイプ、プレゼンなど、企画のフェーズ全てがデザインなのです。
この回答は、比較的新しいものです。特に日本国内においては、まだ多くの人が納得するものではないので、やはり使うときには注意が必要です。つまり、伝統的なプランナーに対するデザイナーの「高慢」「越権行為」「思い上がり」「眉唾モノ」だととらえられかねません。そもそも商品企画という経営の本質的な部分は、業務を熟知したベテランが行うものであって、その部分だけをデザイン部門とか、デザイナーとか、ましてやコンサルティングファームに外注することは、一般的にはあり得ません。そして一番大切なことですが、これまで、いわゆる職業デザイナー(工業デザイナー、グラフィックデザイナー、情報デザイナー)は、基本的に「職人気質」であり、こういった協調作業やマネジメント的な業務には不向きである、と考えられてきました。
しかし今後、こういった学際的なデザインのあり方が、より重要視される時代が来るでしょう。いくつかの成功例も耳にします。先見の目のある経営者や研究者は、こういった意味での「デザイン」を積極的に取り入れているようです。


回答例その4
  • デザインは産業と切っても切れない要素であり、あらゆる製品の有姿を定めています。
  • すなわちデザインとは、日本人としての生活様式(ナショナル・アイデンティティー)を規定するものなのです。
  • ですからデザインを語ることは、日本の未来の文化を語ることです。
  • デザインとは、生活様式そのものなのです。
この回答は、そもそもナショナル・アイデンティティーの薄い日本ではあまり聞きませんが、欧米では割と当たり前に受け止められるのではないでしょうか。あなたの「デザイン」が、こういったグローバルな視点に立ったモノであれば、素晴らしいことだと思います。


その他
  • デザインとは、次世代の子供たちのための宝物です。
  • デザインとは、あらゆるバリアを取り払い、誰もが快適に生活するためのものです。
  • デザインは、みんなの相互理解を助け、元気にするためのものです。
  • デザインとは、すなわちプロデュースの能力です。
「デザインとは何か」について、正解は無いと思う。ただ、あなたのお気に入りの「明確な回答」というのは、持ち合わせていても良いのではないかと思う。これらはどれも相反するものではない。100人100色のデザイン観、というものがあれば、クリエイティブの世界はどんどん賑やかで彩り豊かなものになるのではないだろうか。

2010年5月10日月曜日

マックのデザイナーは誰か?

マッキントッシュのデザイナーの名前を知っていますか?
  • え?ジョナサン・アイブ?違います。
  • え?スティーブ・ジョブス?違います。
正解は、ディーター・ラムスというドイツ人ですね。

mac-speaker.jpg

ipod-comp.jpg

powermac-comp.jpg


マックのデザインのほとんどは、ディー ター・ラムスのものをコピーしたと言われています。左の写真がディーター・ラムス、右がマックのデザインです。全く同じですね。

デザインをパクる事は邪悪か?
たぶん、もう意匠権が消滅しているので、アップルは無料でこれらのデザインをパクッたわけです。別にこれは合法的なことですが、クリエイティブ一般の考え方からすると「邪道」になってしまいます。
しかし私は、こうした考えこそがデザインをカタッ苦しくて発展性の遅いものにしてしまっていると思います。よいデザインは、どんどんパクることで発展すると思います。もちろん合法的な範囲で、の話しです。

http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/990824/apple2.jpg

ちなみに、こちらはソーテックのe-oneという初代iMacをコピーした商品です。左がe-one、右がiMacです。アップルはちゃっかり裁判まで起こしています。感慨深い事件でした。
  • 時代が違えば合法だし、誰も気づかない。
  • 時代が同じだと違法だし、スキャンダルになる。



2010年4月26日月曜日

奴隷と主人について。


ずいぶん昔に、奴隷というものは居なくなってしまったわけだけれども。破壊された奴隷制度というのは、粉々に砕け散った無数のカケラとなり、我々の心の中に小さく深く突き刺さっているようだ。
何の話しかというと、労働の話しなのです。

デザイン好きがなるべき職業
これは、愚問だろうか?コンピュータ好きがなるべき職業は、コンピュータエンジニアである。
では、私みたいに「デザインが大好き」な人たちはどうしたら良いのであろうか?デザイン好きが全員デザイナーになろうとしたら、たまったもんじゃない。なぜかというと、この国で、独立してデザイナーとして生計を立てられている人というのは、たったの2万人かそこらしか居ないからだ。これは、例えば国内の弁護士の数に等しい。弁護士は大変な参入障壁と特権が与えられているが、デザイナーにはどちらもない。だからこそ、デザイナーは日夜、野性味溢れる熾烈な過当競争にさらされている。

これから就職活動をする人に
何が言いたいのかというと、「デザイン好きはデザイナーになるべきではない」という事を言いたい。本当にデザインが好きで、一生飽きることの無い幸せなデザインライフを送りたいのであれば、

  • デザインを発注する側の立場になる
ことを是非考えてみたい。デザインというのはサービス労働だから、基本的に主人(発注側)と奴隷(デザイナー)とのプレイによって成り立つ。デザイナーとは、主人あってこその職業なのである。主人の居ないデザイナー、すなわち奴隷ではないデザイナーというのは存在しない。これはデザインに限らず、営業とか、接客とか、サービスや対人関係をなす様々な労働に言えると思う。

奴隷と主人
会社組織の主人である取締役会は、例えば執行役員という奴隷を使う。執行役員は部長とか幹部を奴隷として使い、彼らは課長や係長などの中間管理職を奴隷として持つ。中間管理職は平社員という奴隷を操り、平社員は外注先を奴隷として使う。彼らが顧客としてある会社の商品や株を買ったとき、彼らはその会社組織の主人になることができる。こうして、主人と奴隷の関係性はグルグルと循環している気がする。
現代の奴隷制は、もちろん本当の奴隷制ではないから、奴隷と主人は、お互いの人間性を認め合っている感じだ。社員はカリスマ社長を憎みながらもどこか尊敬しているし、いつでも嫌われ役の臭いオッサン中間管理職であっても、周囲は何とか打ち解けようと必死である。

最近、その関係にねじれが生じて、お互いに尊敬しあえない奴隷制、というのが発露している気がする。例えばクレイマーは、頭の痛い問題だ。消費者(奴隷)は、主人(製造元)から与えられる恩恵以上の物を要求するし、主人の人間性を認めていない。逆もまたしかりで、主人はクレイマーなんて消えて無くなれば良いと思っている。
さてデザイナーはどうだろうか。デザインに何かを期待するクライアントが、このところめっきり減っている。ひょっとしてデザイナーとは、製品に味付けをするだけの交換可能な部品だと思われていないだろうか。クライアントはデザイナーを機械部品だと思い、デザイナーはクライアントを「デザインのわからない馬鹿者」扱いしている。

デザインへの理解があり、新しいデザインに挑戦的で、やりがいのある仕事を与えてくれて、ひいては日本のデザイン界の躍進に貢献してくれるような理想的主人としての人材、すなわち「デザイン好きの発注主」が増えてくれる事を祈って、もう一度言いたい。
  • デザインが好きな優秀な人は、どんどんデザインを発注する側の立場になってください。

2009年5月21日木曜日

インタラクションデザインと経営戦略

電子政府ユーザビリティガイドライン(案)が、公開されたらしい。GUIだけではなくて、行政手続きのサービス全般、運用についてのユーザビリティ向上を目指して欲しい。

ところで、経営者から見たときの、ユーザビリティについての素朴な疑問。

  1. ユーザビリティを向上させるのに、どれだけコストがかかるのか?
  2. ユーザビリティが向上すると、どれだけ商品が売れるのか?
  3. ユーザビリティが向上すると、どれだけ経費を節約できるのか?
このあたりを正確に見積もれるようにならないといけないんでしょうね。特に近年は、3が重要視されるのかもしれません。インタラクション・デザインが大ヒット商品を生む!?というのは昔の話、今や経費削減という実用的な側面から足固めしないといけない蛍雪時代に入りつつある気がします。

2009年5月8日金曜日

インハウスデザイナーの「憂鬱」(その2)

http://sjc.blog.uvm.edu/kaiwa/070115-choromatsu.jpg

 ところが、モノづくりの衰退、価値観の物質文明からの転換、世界大恐慌といった、日本のインハウス文化を育ててきた本来の価値基準が崩壊するなかで、徐々にインハウスデザイナーの中に「憂鬱」の二文字が蔓延しつつある。インハウスという立場に満足しているいわばノンポリ的なデザイナーを除いて、「デザインによって豊かな生活をつくる」というスローガンがもはや通用しなくなっており、社会がこれまでの「デザイン」を求めていないこと、そしてインハウスデザイナーの立ち位置が危ういことに、誰もが気づき始めている。

社会に必要とされるデザイン
 いまもう一度、社会にとって意義ある「何か」を実現するためのデザインを、見つめなおす時期にきていると思う。世の中にはソーシャルエンタープライズ、地域コミュニティ、エコロジーといった取り留めのない未来像が蔓延しているけれども、デザイナーという職業が持つ「身体感覚」でこうした社会に体当たりし、何が必要なのかを敏感に感じて、そして描き出す必要がある。インハウスの武器である技術力やマーケティングなどのアセットは、そのために使われるべきだ。錆び付きつつある「デザインの武器」を再び研ぎ澄まして、新しい時代に相応しいデザインをつくっていくのは、悩めるインハウスデザイナーたちだと思う。さもなければ、シルミドのように消えゆく存在となってしまうのではないだろうか。

2009年5月7日木曜日

インハウスデザイナーの「憂鬱」(その1)

 「シルミド」という韓国の怖い映画があった。社会的に必要とされ結成された精鋭部隊が、いつしか時代が変わって不要となったため、「消去」されてしまうという実話に基づくストーリーだ。

社会とインハウスデザイナーの関係
 高度成長という特殊な経済情勢に呼応する形で、日本のインハウスデザイナーは生まれ、世界稀なる特殊な「インハウス文化」を生んだ。最初の世代はモノづくりが一番面白かった時代を生き、また現代の世代はその時代をなつかしみ、そして新しい世代は昔話を聞きながら日々デザインに勤しんでいる。
 自らの手仕事に誇りを持ち、会社の技術力やマーケティングを盾に多くのワークを行い、世に自らがつくった沢山の製品を送り出し、人々の生活を変える新たな価値を提供し、それに対するフィードバックや評価を得るのがインハウスデザイナーの醍醐味であり、それは欧米型のクラスター化された開発体制や、専業的なアトリエ系のデザインファームと比べると、より多面的で多彩な才能を発揮できるエキサイティングな職業だった。社会にとって意義ある「何か」は、デザインによって解決可能だった。それは新しい製品を出すことにあり、社会もそれを期待していた。


2009年4月7日火曜日

パースペクティブの置き換え

http://career.biglobe.ne.jp/kyujin/shigotonin/img/tm061016n101_photo03.jpg

もう何年か前、近所の町工場三鷹光器の前を通りがかったら、私服警官やパトカーがそこらじゅうに居て何事かと思ったことがある。聞けば、町工場だと思っていたその会社は光学機器の超一流企業で、世界が注目するイノベーティブな製品を次々と世に送り出しており、そこに皇族の方が見学に来ているというではないか。

中村社長の目線
三鷹光器、中村社長の持論については、関連記事に書いてあるとおり、横断性や気づきに関するものが多い。まるでモノづくりというよりは、デザイナーの気質を語っているようにも見える。
それもそのはず、別の本で、中村社長が小さい頃に描いた絵を見たのだけれど、それは「魚の口から釣り人を見る絵」だった。「映画を見ている人の映画」とか、「写真を撮っている人の写真」というのは、視点を変えるという意味でデザイン思考の基本的な作法のように思える。
世界が舌を巻くイノベーティブ企業の社長は、実は天才デザイナーなのではないだろうか。

2009年3月31日火曜日

イノベーションの「格差」(その4)~インハウスよ立ち上がれ!

 インハウスの悶々としている人たち、すなわちデザイナー、研究者、プランナー、エンジニアたちへのメッセージ。

  • あなたの会社のコアコンピタンスを、独力で感じ取ってください。
  • コアコンピタンスは、みんな(周囲)が言っている受け売りじゃ負ける。
  • それとともに、自分が働く会社が、顧客や社会に対して、どういう顔を向ける会社でありたいのかを、独力で思い描いてください。
  • その法人格が、社会や顧客に対して提供する雰囲気やサービスを、自身の感性で閃いてください。

それこそが、この国で求められているドメスティックな意味での「イノベーション」なのだと思う。そのためには、インハウスの「身体のイノベーション」が必要なのではないだろうか。

ビジネス書を鵜呑みにするな!
失敗するぞ!
身体性を持って感性を信じろ!
「策士策に溺れる」と故事が言っている!

2009年3月30日月曜日

イノベーションの「格差」(その3)~なぜIDEOがダメなのか?

 例えば、「IDEOがどうして日本で成功できなかったのか?」という事の理由には、これまで書いた2つの問題が関係していると思う。それは、日本の高度成長を支えてきた企業風土と、その結果として生まれた大量の優秀なインハウスデザイナーに関係している。つまり、

  1. そもそも社内には優秀なインハウスのデザイナー、プランナーが居て、フレームワーク化されたたいがいのプロセスは、内部の人が勉強しながらこなせてしまう。
  2. クリエイティブを外注したとしても、体質的に長続きすることができないため、必然的に単発的でコンパクトななコンサルティング案件で終わってしまう。
  3. となると「コンサルティングは気分屋で、振り回されるだけ損」ということになり、結果として、コラボレーションするリソースと組織的な受容性が育たない。
ということになる。

負け組みからの脱却
さて、この論理で行くとすると、

・グローバルのフレームワークの適用
 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
・あなたの会社内でのイノベーション

というのは、負け組みの典型的なパターンということになる。絶対に、これだけはやってはならない。やるとしたら、

・豊かな感性と愚直さによる商品企画
 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
・あなたの会社オリジナルのフレームワークの確立

というのが、勝つための戦術ではないかと思う。
ちゃんと己を知り、自分がonly oneであると認識してもらえて、そのonly oneを持続できるかが、生き残る唯一の方法論ではないか。これは、もはやフレームワーク化されたイノベーションとは違う。いうならば、「生きていくための知恵」なのだ。

2009年3月29日日曜日

イノベーションの「格差」(その2)~負け組みデザイナーからの脱却

 負け組みはその方法論をどのように使えば良いのか解っていない。かといって解っているように見せているコンサルタントにお金を払っても負け組みからは脱皮できないし、それなりに効果が出たとしても自分たちのカルチャーとして取り入れる土壌がないと一回きりで終わってしまう。
 つまり解っている人をちゃんと見つけ出す身体能力やカンと、自分自身がその人たちとパートナーになれるプレーヤーになるだけの土壌をつくらないと、効果は期待できない。また、コラボレーションするリソースと組織的な受容性がないと効果を最大化できない。そしてこれらを持続させるため、つまり一回きりにしないための組織を作らないと長続きしない。これが勝ち組に移行するための条件にも見える。

傾向と対策
 こうしたイノベーションにおける「負のスパイラル」に陥らないようにするためには、あなたの会社はあなたの会社のやり方で、新たな顧客価値を創造する必要がある。外部のコンサルティングの野獣たちが、「濡れ手に粟」的なフレームワークを持ってくるのに対して、あなたの会社ならではの運用、教育、風土をもってして、これらレガシー要素に十分に馴染む方向性を愚直に打ち立てる必要がある。
 一方で、勝ち組たちの雄弁さにも学ぶべき点はある。ひとたび成功すれば、それに対してオリジナルのフレームワークを確立し、成功事例として雄弁に社内外へ語れば良い。そしてメディアや社内外を好きなだけ味方に付ければ良い。

2009年3月28日土曜日

イノベーションの「格差」(その1)~デザインコンサルティングに騙されないために

最近、イノベーション関連の書籍を読んでいて出てきた仮説です。

  • 誰かに「ほしい」と思わせるものは、企画者の感性力を高めないと絶対に出ない。
  • 演繹的分析から出てくるのは「機能価値」のみである。

 これまでイノベーションにおける「感性力」はあまり問題にされなかったが、昨今のプロダクトを俯瞰していてわかるように、機能価値によるイノベーションは収束し、あらゆるプロダクトはコモディティ化と生産合理化のフェーズに入っている。そんな中で、あなたの会社の風土やアセットに合わせた商品を提案するためには、これまで以上にカンと感性力を鍛える必要がある。

デザインコンサルティングに騙されるな!
 さて、賢い人は、企画が「売れる売れない」を説得するための「現代版占い」として、または、売れた企画に対して後付の味付けをするための「方便」として、演繹的分析を使うか、使ったふりをする。

 賢くない人は、賢い人の振る舞いを鵜呑みにしてしまって、あたかも演繹的分析から「素晴らしく売れる商品」が企画できたものと錯覚してしまう。この錯覚はロジックが通っていて、成果がベースとなっているので、信じ込みやすい、もしくは困っている人にとって信じたくなる要素で一杯である。そしてこの錯覚を起こさせるためのセミナー、授業、書籍が氾濫している。いわく、ブルーオーシャン、オープンイノベーション、感性価値マーケティング、デザイン戦略経営、デザイン思考など。

 以上をもって、世界中に「イノベーションの格差」が蔓延している。すなわち勝ち組(賢い者)president誌やらハーバードビジネスレビュー誌などの業界紙、あるいは大学院のMOTやMBA、最近では総合大学の一般講座や美術大学で雄弁に成功の方程式を語り、負け組(賢くない者)は、メディアやアカデミズムを信じ込み、彼らにコンサルティングフィーを払うことになる。

 負け組の中でも、1000万円を越えるコンサルティングフィーを払えないような予算の無い貧乏な組織や、教養を持つ3G型のインハウスデザイナーや大学院卒の研究員といった、「わずかばかり賢い者」を雇っている会社は、自分たちで「成功の方程式」を追う作業にとりかかる。しかしこれらは「創られた幻想」であるから、最終的には失敗する。

 そしてこれら失敗事例は、またも勝ち組たちの「後付の分析」にかけられ、再び勝ち組たちが狩猟をするための餌(=ケーススタディ)となる。

2009年2月26日木曜日

イノベーションの憂鬱(その2)

あたり一面が沈黙の闇につつまれるなか、声高に新しいスローガンを叫ぶことは、ただ物悲しいだけで、何の得にもならないだろう。では何をすべきか?

生活者としてのデザイン

  •  衣食住(lothing, food and housing)に関わるデザインほど大切なものはない。なぜなら我々が過ごす時間の大半は、「生活」に費やされているからだ。
  •  総務省統計局の発表にある日本人の平均就業時間から計算すると、20歳から65歳まで働いたとして仕事に費やす時間は合計106938時間(男)と81666時間(女)となる。厚生労働省のデータでは日本人の平均寿命は79歳(男)と86歳(女)だから、日本人が人生のうちで仕事に費やす時間の割合は、男性で15%、女性で11%ということになる。逆に言えば、男性であれば残りの85%の時間、女性であれば残りの89%の時間は、生活時間であるといえる。
  •   高度成長期は、この15%と11%の時間をいかに合理的に過ごすかが世の中の関心事だった。いわば産業のための産業が構築されてきたのだと思う。しかしこ れからは、85%と89%の時間をターゲットとした産業が構築されるべきだろう。(以前の記事より)

 「生活者」のために、本当に必要なデザインとは何だろうか?この闇の中でデザイナーが内省する良いチャンスなのかもしれない。

2009年2月25日水曜日

イノベーションの鬱憤

とにかく経済がヤバいですね、もはや後ろ向きな話ししか聞きません。
年度末といえば、プロジェクトの締めくくりやら何やらで春らしい気分になるものですが、来年度は「赤字」からのスタートで、どの企業もお先真っ暗どころか血の海なわけです。

ちょっと前までデザインや技術系の業界で「イノベーション」が声高に叫ばれていたような気がしますが、もはや何の声も聞こえない。あたり一面、「沈黙の闇」が広がっていることにふと気がつきました。

黙黙黙黙黙黙黙
いまや、やかましいスローガンが懐かしくさえ感じます。IT系であれば、

  • NGN(Next Generation Network)
  • シンクライアント
  • SaaS
  • クラウド
  • ユビキタス
デザインやマーケティング系であれば、
  • アドバンス提案
  • エクスクルーシブ
  • CGM、UGC
  • 感性価値
新しい世界観の提案は、ひと時の夢を見せてくれたし、その夢に向かって動く原動力となっていた気がします。しかし、そうした世界観を象徴するスローガンでさえ、もはや消えうせてしまった。

(つづく)

2009年2月23日月曜日

モバイルコミュニケーションのセレンディピティ

 成功者の絶対法則 セレンディピティを読んでいたら、面白い話しが書いてあった。モバイルコミュニケーションというのは、「電話(telephone)」と「電信(telegram)」を繰り返しているというのである。つまり、

  1. 電報(teregram)
  2. 電話(telephone)
  3. ポケベル(telegram)
  4. ケータイ(telephone)
  5. メール(telegram)

ほらやっぱり。ということは、メールの次はtelephoneに逆戻りか、いやtelephoneといっても、我々の知っているtelephoneの形ではないはずだ。何か新しい電話のようなものが発明されるに違いない。力学提示?網膜ディスプレイ?触覚?はたまた温度電話?
 「バカなことをいうな、そんなものありはしない」って?それぞれの時代の常識にとらわれていると、ろくなことがない。Wikipediaによると、

  • セレンディピティ(英: serendipity)とは、何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。
とあった。セレンディピティを持たない人は、その時代、その時代に満足し、新しいものをバカにする傾向にある。白黒映画がカラー映画になったときに、ハリウッドの人たちはこぞってこういったそうだ。

  • 「カラー映画だって?ばかばかしい、そんな金がかかるものいるもんか。だいいち、ストーリーは変わらないじゃないか。」
今のケーターメールのスタイルだって、当初PHSでその仕組みを提案した人は随分とバカにされたらしい。バカよばわりされ、クレイジー扱いされる人ほど、実はセレンディピティに溢れている

2009年2月9日月曜日

ユビキタス成功のためには「インフラ乗っ取り」が必要だ

ユビキタスが社会的フィージビリティを得るために必要なもの、それは「投資対効果」だ。「投資」に目をつむって、わかりやすい社会正義だのといった「効果」だけを声高に叫んでいるプロジェクトは、いずれ全て破綻するだろう。ではどうしたら良いのか?答えは簡単だと思う。

投資が済んでいるもの
ユビキタスを成功させるためには、社会的に投資が既に済んでおり、ビジネスモデルが完結しているものに着目すれば良い。すなわち大雑把に言えば、

  1. 携帯電話
  2. 自動車
  3. 電気ガス水道
  4. 警備
  5. 運送
この5つだと思う。例えば警備会社は、契約者の在不在情報を持っている。これを運送会社とリンクすれば、不在連絡を無くすことができ、運送の効率化だけでなく、交通渋滞の解消やCO2排出量の削減に現実的な貢献ができるだろう。つまりユビキタスの現実像は、インフラのマッシュアップだ。

繰り返して言うけれど、ユビキタスのための「インフラ乗っ取り」が、今一番必要とされている。もちろんそのためには、インフラのオープン化のための技術が必要であり、それに付随して、プライバシー対策、セキュリティーに関する考察が必要である。しかしそれらの問題を議論するのは、「インフラのオープン化」という現実的な解決策を実現する手段であって、ありもしない「ユビキタスの幻想」をうわごとのように述べるためのものではない。ユビキタスを取り巻く議論が、いち早く現実性との乖離を取り戻し、本当の意味での産業振興に役立ってくれることを望む。

2009年1月13日火曜日

インターナショナルデザインリエゾンセンターの催し物

 3Gデザイナー向けの面白そうな企画。

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   国際シンポジウム「Creative Synergy デザインの相乗効果」
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 インターナショナル・デザイン・リエゾンセンターでは、今年度も2日間にわたり国際シンポジウムを開催します。今回は連携している6つの海外機関に加え、CCS(アメリカ)、上海交通大学(中国)、KAIST(韓国)、南洋理工大学(シンガポール)、成功大学(台湾)などからも教授陣が来日します。また、2日目には、紺野登(KIRO)馬場正尊(Open A)西村佳哲(Living World)、前田邦宏(関心空間)、中西泰人(慶応大学SFC)など、各界で活躍する日本人によるディスカッションも行います。

 日時:1月29日(木)、30日(金)13:00~18:00
 会場:東京ミッドタウン4F カンファレンスRoom1~4
 テーマ:「A New Standard of Designer and its Cultivation」
      (デザイナーの新たなスタンダードとその育成)
     「Designing Creativity」
      (創造性をデザインする)
 詳細:http://www.liaison-center.net/content/view/144/7/lang,ja/


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      イリノイ工科大学「Sustainable Strategies」
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ネクスト・バウハウスとして1937年に設立されたIIT-IDではコミュニケーションデザインをはじめとし、様々なデザインの方法論研究に取り組んでいます。中でもJOHN PAUL KUSZ教授はサステイナブルに関する研究に意欲的であり、その道のエキスパートでもあります。今回の「サスティナブル戦略 -Sustainable Strategies-」と題したセミナーでは、サスティナブルという考え方によって製品開発へのアプローチがいかにして変化するかについて講演すると同時に、サスティナブルについて参加者とともにディスカッションを行います。


 日時:2月2日(月)19:00~21:00
 会場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
 テーマ:「サスティナブル戦略 -Sustainable Strategies-」
 詳細:http://www.liaison-center.net/content/view/143/7/lang,ja/


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       国際フォーラム「Social Design」
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 NYに拠点を持つJapan Societyと共同し、雑誌『GOOD』の創立者・ディレクターと、IDEO社でエクスペリエンス部門のリーダーであり、かつデザイナー・教育者・ビジネスリーダーが環境と社会により良い影響をもたらすべくグローバルな連合体「デザイナーズ・アコード」を立ち上げたヴァレリー・ケーシーを招きフォーラムを開催します。


 日時:2月8日(日)14:00~19:00
 会場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター
 テーマ:「Social Design Design + Community + Social Impact」
 詳細:http://www.liaison-center.net/content/view/143/7/lang,ja/

2008年11月17日月曜日

IDEOのデザイン思考:ハーバード・ビジネス・レビュー12月号

 12月号のHarvard Business Reviewに、IDEOのデザイン・シンキングについて少しだけ特集されているらしい。編集者のブログより。


2008年10月25日土曜日

ホスピタリティのデザイン(その3)~行き着く先は?

 カスタマーケアの分野で定評のあるマリオットホテルについて、こんな冗談を聞いたことがある。

  • 朝、香港のマリオットホテルで目を覚ましたクリスさんは、深酒のため自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。フロントに電話をしてここがどこだかたずねると、「お客様、こちらは香港のマリオットホテルでございます」と丁寧に教えてくれた。
  • 翌年、クリスさんはニューヨークのマリオットに泊まった。そして朝になるとフロントから電話がかかってきた。「お客様、こちらはニューヨークのマリオットホテルでございます」
 ITをつかったカスタマーケアの進展はとどまるところを知らない。一部業界ではいつVIPが現れてもこちらから「いらっしゃいませ、○○さま」と言えるよう、有名人の顔を覚えるための教育システムがあるし、ひとたびVIPが来れば瞬時に適切な対応(すなわちタバコは吸うのか、右利きか左利きか、など)ができるよう情報共有されるようになっていると聞く。
 いずれの例も、ホスピタリティを合理的な仕組みの上で分配している自動化システムであって、そこに対応する人の心が介在する余地は薄い。もちろん、合理的ホスピタリティによって皆が気持ちよくなることは良いのだけれど、バーチャルな仕組みのおかげで気持ちよくなるたびに、何かが少しずつ麻痺しつつあることを、我々消費者は忘れてはならないと思う。極端に言えば、コンビニに入るたびに機械に「いらっしゃいませ」といわれているようなものだ。これは、母が友達の利き手を覚えてくれる「おもてなし」とは、ずいぶんと違う。

 大手サービス会社の社長に「これまでに一番感動した企業サービスは何か」と聞いたインタビューで、全員揃って「無い」と答えていたのが印象的だった。それは、ますます発展する戦略的ホスピタリティの限界を指しているのかもしれない。

2008年10月24日金曜日

ホスピタリティのデザイン(その2)~嗅覚ブランディング


 これは、イタリアのアルファロメオの助手席の下に標準装備されている「フレグランス・シート」だ。香水(CHANELのANTAEUSといわれているらしいけど、定かではない)が浸透された不織布のような素材から、香りがほのかにもれるようになっている。ディーラーで誰でも買うことができるので、興味のある方は聞いてみてはいかがだろう。
 嗅覚、味覚、触覚など五感をフルに活用したブランディング手法を「五感ブランディング」というけれど、身体を快適に保ちつつブランディングを行うこの手法は、ホスピタリティの戦略的なデザインといって良いのではないだろうか。
 似たような事例は、

  • シンガポール航空のアテンダントの香水、おしぼりの香り
  • グランドハイアット東京のロビーや駐車場など
などにも見てとれる。常にトップクラスの顧客満足度を維持するシンガポール航空では、総合的品質管理(TQM)の一環として、リピート客に「ホッとする場所に帰ってきたように感じてもらう」ために、様々なホスピタリティマネジメントを行っている。
 グランドハイアット東京は、ロビーのフラワーアレンジメントの香りや、駐車場の香りに至るまで、徹底的に香りをコントロールしている。駐車場の換気計画は素晴らしく、排気ガスのにおいの代わりに、受付コーナーの裏に隠されたアロマスチーマーから出された独特の香りに満たされている。さらに、こうした香りを自宅へ持ち帰ってもらう「オリジナル フレグランスチップ」も制作しているという手の込みようだ。もっともっと身近な例でいえば、
  • 無印良品のBGM
  • Intelのジングル音
などがわかりやすい。無印良品のBGMは、各地の土着的な音を収録したもので、店舗でかかっている曲とおなじものがアルバム化されている。

  

(つづく)