2008年5月14日水曜日

裁判のデザイン

 シックな装丁がステキな中公新書ですが、この出版社のベストセラーは木下是雄氏の理科系の作文技術なのだそうです。今でいうところのロジカルシンキングや、ゴールとプロセスの明確化など、読み手を意識したシナリオライティング力を養うためのエッセンスが沢山詰まっており、長くベストセラーの座に居るのもうなずけます。学校のレポート、企画書から設計資料など、論理構成を重要視されるあらゆるシーンで使えると思います。まさに理科系のための文書表現のバイブルといえるでしょう。

 この手の「書きかた本」は色々あるのでしょうが、私のもう一つのお気に入りは谷崎潤一郎さんの文章読本です。中でも前半に書かれている、

 われわれはあらゆる手段をもって文章を魅力的にみせて差し支えない

 なんていう、小説家らしくちょっと構えたフレーズが大好きです。ここでは本の装丁、句読点の位置など、エディトリアルデザイン的な要素も含めて、トータルに文章の魅力を引き出すことが奨励されています。いわゆる文系的・芸術的な色の濃い読本だと思います。








 文系・理解という単純な二象限でいえば、デザインするということは、論理構成を正確に表現する理系的な要素と、その正確さを失うことなく魅力的な表現をする文系的な要素の両面があるのではないでしょうか。両者の利害が一致したとき、デザインの表現物は多くの人に対して、より直感的で、より強いメッセージを発するようになります。

 デザインが強くなることに懸念を抱いている分野もあります。常に公正な判断を要求される裁判の現場です。日経ビジネスオンラインの連載記事「イロの詐術に気をつけろ!(伊東 乾氏)※要無料登録」には、陪審員制度において、このように強いメッセージを持ったデザイン表現物(プレゼンテーション)が安易に取り入れられる事に対する警戒心のようなものがうかがえます。

裁判員裁判で、音声や動画などのマルチメディアの自由な使用を許せば、言葉に証拠を残すことなく、色彩などの効果だけで、職業裁判官を含めあらゆる裁き手が、ヒトとして不可避な認知特性によって、潜在意識レベルから簡単にメディアマインドコントロールされてしまう、それを危んでいるのです。

 優秀な商業デザイナーほど、論理に裏打ちされ、多くの共感を得る豊かな芸術表現を取り入れた「強いデザイン」で武装していると思います。従って伊東氏の意見は決して大げさでなく、デザインの強さと危うさを良く表しているのではないかと思います。