2011年2月9日水曜日
2011年2月8日火曜日
美しいまでの「共感覚」に富む詩

ヴィオレーヌ(盲目) きこえる。。。。
マラ なにがきこえるの?
ヴィオレーヌ 物が私と一緒に存在するのが。
かれの秘密
それは
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はながいろあせるのを
きくこと
沈黙の匂いはたいへん古い・・・・・・・・・・
2011年1月31日月曜日
自分の殻を破るための奥義
2011年1月21日金曜日
不条理なリンゴについて。
2011年1月16日日曜日
2010年11月4日木曜日
学問の理想像について

ラファエロの「アテネの学堂」をみた。プラトン、アリストテレス、ソクラテス、ピタゴラスなど、泣く子も黙る学者達が一堂に。科学や哲学に興味がある人なら、誰もがあこがれる学問の理想郷である。
でもよく見ると、主題(画面真ん中)のプラトンとアリストテレスの議論は噛み合ってなさそう。だってプラトン(左)は天を指して、アリストテレス(右)は地を指している。立ち位置が違うから、これはいくら議論しても不毛っぽい。そのグダグダな議論を、取り巻き達が訝しげな顔で見学している。画面周囲を見れば、ヘラクレイトスは一人で考え込んじゃってるし、ピタゴラスは勝手に計算してるし、アルキメデスは石版に数式を書くのに没頭している。
つまり、「みんなバラバラ」だ。最盛期ルネサンス文化において既に、学問の理想とは、「パトロンのお金で好き勝手な研究をする」ということだったのか。
日本の学者が減ったワケは?
最近、めっきり大学の「学者さん」が減ったなぁと思う。もう、見るからに「学者」であって、浮世離れした理想像を高い声でまくし立てながらも、一生を掛けてどことなく未来をポイントしてくれるような、そんな理想の学者さんが大学に居ない。むしろ、企業研究員(職業研究員)の方が、そういう人の居場所があるようにも思う。
「パトロンのお金で好き勝手な研究をする」というのは、確かに学問の理想ではあるけれども、現代のパトロンといえば文部科学省・公共団体・企業といった法人である。そして、これらの法人からどれだけ研究資金を引きづり出したかを競うのがアメリカ型の現代アカデミアであり、どれだけ論文を書いたかを競うのが日本型アカデミアの実態のようだ。だから日本のポスドクは「論文生成器」とならざるを得ないのではないか。いかにも「論文のための研究」のような雰囲気のものが蔓延している、気がする。他の研究との「差異」をつくるために理屈をこね出すから、成果は何となく「みみっちくて貧乏くさい」ものになる。
ダ・ヴィンチは絶世の美男であり、歌声もなかなかのものだったとか。パトロンは彼に心底惚れ込んでいたのだろう。もういっそ、それでいいんじゃないだろうか?
- 「○○大学はルネッサンスの理想に共感し、美男・美女・美声を教員の評価尺度とする」
2010年8月15日日曜日
終戦の日、造花の桜(田中一光)より。

ともかく、ぼくは暗い倉庫の中で、桜の造花とちょうちんを発見した。
戦前の運動会か学芸会か、そんな平和な行事の華やかさが、古ぼけた箱の中に匂っていた。腕のいい職人がつくったと思われる紅ちょうちんは、少しも色褪せず、そこには、長い戦争の間、目にふれることのなかった「上等」というものがあった。
なかでも、長いモール状に連なった造花の桜は、淡いピンク色をしていて、そのなま暖かいみずみずしさが、ぼくを狂喜させた。ああ「春のおどり」だ。禁欲の灰色の時代をくぐり抜けて、ぼくは薄暗い倉庫のすみに、まざまざと平和を見た。
送別会は講堂の演壇が舞台となって、まるで芝居の中幕のように、桜の造花を一面に吊り下げた。出演者が、花ののれんを割るようにして登場することで、この送別演芸会は成功した。この時ぼくは、家の反対を押し切っても美術学校に行こうと思ったのである。
終戦時、異例の入試は四月になって行われ、黄色に赤のブチのあるチューリップの写生と、あの「造花の桜」をモチーフにした本の表紙を描いた。ずぶの素人が、復員兵の学生たちに混じって京都美専(京都芸大)の戦後の最小年の入学生となってしまったのである。
奈良商高の残留組が中途退学したために、ぼくには卒業式というものがない。卒業証書をもらいに、一人登校した時は、もう校庭一面にギラギラとした夏の太陽が照りつけていた。
2010年7月15日木曜日
難聴の功名?トーマス・アルバ・エジソンについて。
重度の難聴だったエジソンはヘレン・ケラーとの対談で、
- 「人間というものは、聞いても聞かなくてもいいようなことばかりしゃべっている」
え?私?今日も、
- 読んでも読まなくても誰も困らないようなメールを読んで、
- 居ても居なくても良いような会議に出て、
- 言っても言わなくても良いような事ばかりしゃべって、
- 聞いたか聞いてないか忘れちゃうようなラジオを聴いて、
- 書いても書かなくてもいいようなブログを書いて、
あ、ちなみにエジソンさん、恋人とは、モールス信号で静かに愛を語ることができたそうだ。これは、何となくうらやましい。
2010年7月13日火曜日
選挙のばか
選挙に行こうとしたら、自転車がパンクしたのでやめました。
自転車屋いわく、この季節は画鋲によるパンクが多いのだとか。
犬の散歩をされる諸君も、気をつけた方が良い。
そう、あのいまいましいポスターである。
いまどき、あんなものをピラピラと画鋲でベニヤ板に貼り付けているのも、いかがなもんか。
しかも、あの何ともいえないグラフィックデザイン。
中学生に、「鼻毛を書きたくなる衝動」を抑えさせるための訓練としか思えない。
まだ、ソ連のポスターの方がセンスがあると思う。
金がばらまかれる。
騒音がばらまかれる。
だっさいポスターがばらまかれる。
画鋲がばらまかれる。
全体的に、イケてないムード満点である。
結局のところ、なにをしてもろくなことがないように出来ている。
「選挙には行きません、だって一票減ったところで何も変わらないんだもん」
「だから最近の人はだめなんだ、もっと政治の意識を持ちなさい」
「選挙に行きましたが、白紙票を入れました」
「そんなことをして何になるんだ、民主主義の意義を理解しなさい」
「民主党の人に入れました」
「いまさら民主党?ばかじゃないの?」
「自民党の人に入れました」
「いまさら自民党?ばかじゃないの?」
「共産党の人に入れました」
「いまさら共産党?ばかじゃないの?」
「無所属の人に入れました」
「いまさら無所属に何ができるの?ばかじゃないの?」
電車の中で聞いた主婦の会話に似ている。
「なんで子供を産まないの」
「なんで二人目を産まないの」
「なんで三人も産むの」
シーソーに乗って喜ぶ子供を見るのに似ている。
(右に)「キーバタン」「きゃっきゃっ」
(左に)「キーバタン」「きゃっきゃっ」
(右に)「キーバタン」「きゃっきゃっ」
この仕組み、もうちょっと何とかならないんだろうか。
あと、僕の自転車のパンクを、直してください。
2010年7月2日金曜日
武器商人との対話~後ろしか見えない天使

前方からとてつもない砂嵐がやってくるので、顔は後ろを向かざるを得ない。そのとき、自分の来た道に見えるのは、嵐によってひっくり返った家や、砂だらけの汚れた街なんじゃないだろうか。
デザイナーやエンジニアは、そんな光景を<後ろに>見ながらも、手探りで<前に>進むしかない。
2010年7月1日木曜日
武器商人との禅問答


上:「ホレリス型パンチカードで監視を」、米TMC(IBMの前身)の機械を、
当時のナチス・ドイツ政府に売り込んだ販売会社DEHOMAGのポスター(1934)、
下:ポール・ランドがデザインした現IBMのポスター。
とあるショウの会場にて。
- 武器商社マン(以下、武器商人)「戦争反対とか平和主義といっている人が、一方でイノベーション(技術革新)を語るのは、まるで笑顔で赤ん坊をあやしながら、実は足で踏みつけているようなものです。」
- 石垣「よくわからないのですが、技術革新というのは戦争によってもたらされたという意味でしょうか?」
- 武器商人「技術革新と戦争は同じ意味です。今はテロと言う場合もありますがね。本質は同じでしょう。戦争によってもたらされなかった技術革新がありますか?」
- 石垣「まぁ、インターネットは国防のためのネットワークだし、コンピュータは弾道計算の道具でしたからね。」
- 武器商人「ナチスのユダヤ人プロファイリングは、TMC(IBMの前身)が販売したパンチカードシステムによってもたらされたものだという意見もあるでしょう?コンピュータやネットワークの各論はさておき、なによりも第二次世界大戦最大の発明は<システム>そのものだと思いますよ。」
- 石垣「たしかに、その後のアポロ計画なんかで培ったOR (Operations Research)とかQC (Quality Control)の思想というのは、ほとんどが我々の産業や生活基盤を下支えしていますね。リスク系の研究は金融への応用も盛んだと聞きますし。我々エンジニアはこうした歴史に、目をつぶるわけにはいかないですね。」
- 武器商人「ナチスのV-2ロケットを発明した後でアメリカに亡命したフォン・ブラウン先生はご存じですか?<人間を宇宙へ飛ばすためなら悪魔と手を握る>ってね、あれは名言ですね。」
- 石垣「はぁ、それは知りませんでした。名言かどうかわかりませんが、きっと本音でしょうね。」
- 武器商人「そういうことです。石垣さんの名刺に書いてある<デザイン>っていう言葉、これも計画とか戦略ということですね?つまり、、、」
- 石垣「ええ、ただ、デザインには造形を通じた人の所作とか、アフォーダンスを考える人間的な意味が強いのです。特に日本では。」
- 武器商人「J.J.ギブソンですね?」
- 石垣「ああ、よくご存じですね。デザイン、お好きなんですか?」
- 武器商人「第二次世界大戦中、アメリカの航空部隊で運動知覚のゲシュタルト的な分析と戦闘機パイロットの訓練をしていた、ギブソン先生でしょう?ビジュアルフィードバックが必要な防衛機材の開発者なら、誰でも知っていますよ。」
- 石垣「あぁ、、、そうでしたか。」
- 武器商人「そうそう、デザインといえば、実は私の同僚で、プロパガンダ映像の成り立ちをコレクションしている者が居ましてね、ちょっとご紹介しましょうか?テレビの<本当の歴史>が良く分かりますよ。ご興味あるでしょう?」
- 石垣「あ、ありがとうございます、少し疲れてしまったのでまた後で。失礼して良いですか?」
- 武器商人「どうぞどうぞ。私はショウの期間中、ずっとここに立っていますので。あなたのように我々の本当の価値がわかる方が居て、私は嬉しいですよ。」
2010年6月26日土曜日
サッカーのばか。
このブログを借りて懺悔するならば、私はオリンピックも野球もサッカーも、全く興味が無いのです。スポーツという代理戦争が気にくわないとか、そういう話しではなくて。そもそも、誰かが「勝つ」「負ける」という事全般に対して、1ミリの関心も持つことができない。
マラソンをじーっと見ているのとか、F1をぼーっと見ているのは好きなのだけれども、最終的に誰が勝ったかなんてどうでも良い。ああ、でも、クラッシュシーンは好きかもしれない。小さい頃からモノが壊れる瞬間に、最後にいかに利用者を保護するかに興味があって、将来は自動車か飛行機の安全性設計部門で働きたいと思っていた事がある。ラリーとかF1の激しいクラッシュにも関わらず、ドライバーが脱出するシーンには感動する。で、満足して寝てしまう。私の好みは攻撃にあるのではなく、防御にあるのだと思う。誰か、防御の視点からみたサッカーの楽しみ方を教えてくれないだろうか?
そんなわけで今、日本のサッカーチームがどこと戦っているかとか、監督は誰だとか、私はアホかと言われるほど何も知らない。カズ選手は元気でやっているのだろうか?今朝がた、韓国人の友人が「おめでとう!」と声を掛けてくれたのだけど、そんな私の態度に腹を立てて、しまいには「非国民!」と言われてしまった。私のように非国民だと思われないために、「サッカーが好きでもないのだけれど、それなりに興味があるような風に振る舞っている沢山の人たち」が居る。街中や学校の中、特にテレビの中などにおおぜい居る。私はそんな「振る舞っている人たち」というのを、瞬時に見分けられるようになった。そしてそんな人たちをみる度に、同情してしまうのである。
2010年5月15日土曜日
早とちり
どうも私は集中力が無いというか、すぐに思考をショートカットする癖があるらしい。心配した親が区立小学校に面談に行ったときに、「息子さんはユニークですね」といわれて、これに早とちりした母は、それではと私を、もっとユニークな明星学園(以下、ミョージョー)という私立小学校に入れる事を決意した。子供電話相談室の無着成恭(むちゃくせいきょう)が校長先生だった頃のことだ。
ミョージョーの入学面接では、「お母さんの名前」を聞かれた。集中力の無い私は、付け焼き刃で覚えた両親の名前がどうしても答えられなかった。兄も同じ試験を受けたのだけど、兄の場合はというと、面接官の手元にあるリストを指さしながら、
- 「そこに書いてあるでしょ!」
と答えたらしい。兄の方が集中力では遙かに勝っていると思う。
かくして私は無事入学し、「自由」をモットーとしたミョージョーで小・中・高の12年を過ごす事になった。校則は一切無く、4年生くらいまでテストさえ行われない。リーゼントも居ればコムデギャルソンも居た。女子は中学校くらいからお化粧をしているし(今では普通か)、文集に天皇糾弾の作文を書いて掲載拒否か言論の自由かで裁判を起こしかけた奴が居るかと思えば、株で損をして損失補填の交渉を証券会社としている奴も居た。色々な国の帰国子女がいたり、芸能人の子供やアイドルが居たりと、色鮮やかな12年間だったと思う。
その、「全てのルールが雑然とした場の雰囲気で決まる」という教育のおかげで、社会に出てからも強く生き抜くことができている。ちなみにミョージョーのモットーは「強く・正しく・朗らかに」であって、私は就職するときに「強く・正しく・早く」という似たようなモットーを持つ会社を早とちりで選んでしまった。
ミョージョーの真横には、井の頭公園という大きな公園があって、森を抜けると動物園がある。なんと言っても見物はゾウの花子だろう。その動物園の一番右端っこで、花子はいつもユラユラしているのである。
動物園の塀の向こうは、突如として閑静な吉祥寺の住宅街になる。つまりゾウの花子のすぐ後ろ側には、普通の家が建っているのだ。
花子がパオー!と鳴いている後ろではきっと鈴木さんが夕食をとり、その隣ではきっと山田さん親子の喧嘩が始まるのである。
ひろし、宿題は終わったの?
うるせぇババァ!パオー!
ババァとは何よ!パオー!パオー!
ババァだからババァっつってんだよ!パパパオー!
都市の中にありもしない物がポンッと出てくることを、美術の用語でデペイズマンというらしいけれど、吉祥寺はデペイズマンの宝庫である。マルセル・デュシャンとか、街中に突然大きなリンゴが出てくるマグリットの世界観だ。
さて、ゾウの花子と聞いて、戦争中に餓死させられたゾウの事を思い出した読者も居るだろう。戦争で柵が壊れたときに、ゾウが町に逃げて暴れないようにと、毒リンゴを与えて殺そうとするのだが、花子は賢くてそれを食べようとしない。
いや、あれはひどい話しだった。だいたい動物系の昔話はろくでもないものが多い。私が一番嫌いなのはゴンギツネである。早とちりしてゴンを殺してしまう大人のあまりの不条理さに、小学生ながら心が痛んだ。
なーんだ、私に限らず大人はみんな早とちりが過ぎるのではないか。
「ああよかった、その花子は井の頭公園で無事に生きてたのね」
と思った読者はこれまた早とちりである。毒リンゴを食べなかった花子は結局、早とちりの軍属が出した命令によって餓死させられてしまった。あえてその名前を受け継いだのが井の頭公園の平和の象徴、ゾウの花子なのだ。そして開園記念日の5月18日(火)は無料で動物園に入り、花子を拝むことができる。
もう歯がないので、大好物のリンゴジュースを飲んでおなかいっぱいになり、ユラユラとたゆまう花子(61歳)を見ながら、私は今年こそ早とちりを直そうと決意するのである。
2010年5月14日金曜日
森ガールが生け捕りに。

「ああ、それはキヤノンか、ニコンかの違いですね。白ならキヤノン、黒ならニコン。」
ストロボ伯爵は、事も無げに答えた。私は報道カメラマンが良く持っている、あのでっかいカメラレンズの「色」が、白と黒の二色ある理由について、ストロボ伯爵に尋ねたのだった。ちなみに「ストロボ伯爵」というのは、私の心の中で勝手につけた名前であって、自宅に撮影用のストロボを16台持っている事に由来する。ストロボ伯爵曰く、女性モデルの撮影会で16台のストロボを同期発光させて連射すると、電池はものの数分ほどで寿命を全うしてしまうのだとか。チンチンに熱くなった電池を床にバラバラと捨て、次の電池をこめる姿は、さしずめ荒野の用心棒といったところだろう。
白ならキヤノン、黒ならニコン。
また、私の頭にまたどうでも良い知識が増えた。戦場、オリンピック、万博、サミット。あらゆるところで見かけるあの白と黒のデカいレンズは、全て日本製だったというわけか。レンズといえば昔は軍需産業だったけど、今やその技術力が世界の報道に貢献しているのだ。
このどうでも良い知識が生かせたのは、1ヶ月くらい後、まだ人出もまばらな休日の井の頭公園を歩いていた時のことだ。日当たりの良い丘を下り、木漏れ日が迷路をつくりだす薄暗い柳の庭に差し掛かったところで、美しい「森ガール」と出逢った。
彼女は、ゆるい花柄のワンピースを着ていて、白雪のような素足で佇んでいた。そして雪のように白い手を柳の幹にかけ、まるで何かを言いたげな様子だった。
「気楽に考えましょうよ、この木が芽吹くように。」
透けるように薄いワンピースの上からは、アイルランド風のレースでできた上等なケープをやさしく羽織っている。それは、彼女の左前方10時の方向にある銀レフ板から照らされる光によって雪の結晶のように輝いていた。
「spoonの撮影か?」
spoonは、角川書店から出されている森ガール向けのファッション雑誌である。井の頭公園でテレビや雑誌の撮影会なんて日常茶飯事で、地元民はすっかり慣れっこだ。しかし、日陰に眼が順応してくるにつれ、私の身の周りで起こっている異様な光景がだんだんと浮かび上がってきた。
まず、光に照らされた森ガールは1匹ではない、5匹いる。そして1匹の森ガールにつき、その前方180度にわたって、50名ほどのカメラマンが居るではないか。すなわちこのエリアだけで、ざっと250名のカメラマンが集結していることになる。さらに、あろうことかその全員が、見たところ70代から先の戦中生まれ、シニア男性であった。
「これが、モデル撮影会か!?」
シニアカメラマンは全員、ビカビカと鈍く黒光りする大型一眼レフを持っている。中腰のままガッチリと脇を締め、右手・左手・おでこの3点ホールド体勢を保ち、大きな望遠レンズを携えていた。
白ならキヤノン、黒ならニコン。
白ならキヤノン、黒ならニコン。
白ならキヤノン、黒ならニコン。
私は即座に、数え始めていた。が、数えるまでも無かった。シニアカメラマンの持っている望遠レンズは、全て黒色だったのである。
「ストロボ伯爵!全部ニコンでした!」
と、そのとき、春のそよ風が柳の葉を揺らした。森ガールの細い髪がふわふわと乱れ、彼女は手ぐしでそれをとかそうとした。
「シャッターチャンス!!!」
黑金の砲口、全250門は一斉に森ガールの「うなじ」に向けられ、超音波制御のモーターが一瞬にして森ガールの耳元を捕らえ、開発に半世紀を費やしたといわれる非球面レンズが森ガールの細い髪の毛をCCDに写し、部品点数1000を超え、無数の国際特許に守られた半導体、センサー、アクチュエーターが最先端マイクロプロセッサの指揮の下、森ガールのためにナノ秒単位の交響曲(アルゴリズム)を奏でる。戦中世代カメラマンによる一斉射撃はもはや、戦艦大和というよりは、イージス艦「こんごう」の現代的な精密火器に近い。
「バッッシャシャシャシャシャ!」
かくして遅起きの井の頭住民たちが静かに眠る中、その森ガールは一瞬にして生け撮りにされたのであった。
250人のカメラマンが持っていたフルボディの一眼レフは、50~60万円クラスのものだろう。レンズや機材と併せて100万円だとして、あの森ガールを趣味で写すのにたったいま、2億5千万円くらいの設備が使われていたことになるのだ。
私はそそくさと森を抜け、日本で一番おいしいと思っている120円のクリームパンをトーホーベーカリーで買いながら、平和な国に生まれてきたことを今こそ実感したのである。
2010年5月6日木曜日
会う人の「印象」について
印章文化は、けっこう良いものだと思っている。
欧米のサイン文化も悪くないけど、やっぱりハンコの方が情緒的だ。
契約というセレモニーのときに、紙に「押し込まれる」感触が良い。
(花押というのもあるが、今では使われなくなった)
さて昔の哲学者は、「記憶」というのは脳に「痕跡」のようなものが残るのだと考えたらしい。
よく見れば、「印象」も「印章」も大して変わらないではないか。
人と会うたびに、あなたの脳にハンコが押されるわけだ。
石垣です、ポン。
山田です、ポン。
松本です、ポン。
木谷です、ポン。
みたな感じに。
同じ印章でも、押し方によってずいぶん印象が違う。
強く、鮮明に、しっかり押す人。
気合を入れすぎてブレぎみになっている人。
安物でインクの乗りが悪いひと。
インクのつけすぎで滲んでいる人。
さて、あなたの印章は、どんな印象でしょうか?
2010年4月27日火曜日
麦わら帽子のイエス・キリスト
Yr(イア)先生はご近所さんだ。
高校時代の木工の先生である。
休日に家でごろごろしていると、ママチャリに麦わら帽子の出で立ちでセッセとやってきて、エホバの証人の話しをしていく。
「私は理科系の大学を出てしまい、すっかり無神論者になってしまいました」といっても、
「いやいや誰にでも欠点はありますよ」とやさしく宥めてくれるのである。
Yr先生は物知りで、特に木について色々教えてもらった。
良い先生だし、別に高価な壺を買わされるわけでもないので、なるべく足を止めて話をするようにしている。なんせ私の家と会社が近いもので、通勤途中や会社帰りとかにも、Yr先生にしょっちゅう出くわすのである。我が家と、Yr先生の家と、高校とは、きれいな正三角形をなしている。私はこの小さな正三角形の中でほぼほぼ、これまでの33年の人生を歩んできたといって良い。
ついでにいうとYr先生の家は、木工作家らしく手作りのログハウスだ。ログハウスの外壁は、油絵の具ですっかりカラフルに塗られていて、一つの絵画を見ている気分になる。しかもその絵画は、まるで東洋とも西洋ともわからぬ不思議なものになっている。というのも庭先には、古い武蔵野を標榜するかのように、とてつもなく大きな松の木が生えているのだ。このあたりは江戸時代、壮大なる松林だったようで、そのころの名残なのだとか。
そういえばジブリ美術館の周りにも、不釣り合いなほど立派な松林があるではないか。パステルカラーの漆喰で塗られてメルヘンチックなファサードを持つジブリ美術館は、正三角形の真ん中、すなわち重心のところにある。あそこは私の通勤路になっていて、開館に合わせて中国人と韓国人の観光客が行列をなしている脇を、これまた不釣り合いなスーツ姿の自転車ですり抜けながら通勤するのである。
ああ、不釣り合いなのはジブリの方かもしれない。屋上に突っ立っている作り物の巨神兵が見ている先には、いつもひときわ立派な松の木が聳えているではないか。毎日みているから、いつのまにかその滑稽さに鈍感になっていた。松の木が生えたラピュタなんて、あるだろうか?
そういえば4月1日の朝に、汚らしいチェックのネルシャツを着た出っ腹のオッサンが巨神兵の横によじ登って、右手に持った金ピカの美しい鐘を何度も何度も気が狂ったように鳴らしていた。あれは自分が天使か創造主だと思い込んだ誇大妄想のアニメオタクだと思ったのだけれど、今考えれば、宮崎駿その人だったのかもしれない。
松の木と、駿と、金ピカの鐘。
松の木と、駿と、金ピカの鐘。
松の木と、駿と、金ピカの鐘。
閑静な住宅街の道ばたで、先生はいつものように黙々と説教を始めた。
「石垣さん、イエス・キリストがどうして悲惨な死を遂げたか知っていますか?」
「残酷なストーリーの方が、布教する上で都合が良かったんだと思います」
思わず口から理系的な正解をこぼしそうになりながら、先生への敬意から「いいえ、知りません」とだけ答えた。
「イエス・キリストはね、石垣さんの為に死んだんですよ!」
麦わらの初老がスーツ姿の教え子に、なにやらただならぬ事を説教している。近隣住民の空気が凍り付き、おだやかな春の住宅街に、「石垣さんの為に死んだ!」の声が何度もこだましたような気がした。小さな正三角形の面積はその吹き出しでいっぱいになってしまい、もはや逃げ場を失ったかのように思われた。
先生は、その一撃が「決まった」のを悟ると、ふだんあまり見せない得意げな表情をして、いかにしてこの世の終末が恐ろしいものであり、そのための精神的な準備をしなくてはならないかを蕩々と説くのであった。
私はその、自分が置かれたあまりにも滑稽な状況から抜け出したくなった。そして金ピカの鐘を持ってジブリ美術館のてっぺんに登り、松の木に向かって思い切り鐘を鳴らしてみたくなったのである。
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