デザインに「怒り」が必要だ、などと書いてある教科書はどこにも無いと思うけれど、PANDUIT社のLANケーブルは明らかに「怒り」が源泉となって発明されたようにみえる。
これのどこが特徴かというと、つめの部分がアーチ型になっているのだ。カンの鋭い方はすぐにおわかりと思うが、LANケーブルのツメというのは、抜き差しを繰り返すうちに必ずといっていいほど折れてしいまう。ケーブルの直径と、ツメの出っ張りがちょうど同じくらいの長さなのがまた良くない。そう、ケーブル自体がツメに引っかかってしまうのだ。折れてしまったケーブルは買い換えるしかないので、「これはケーブル会社の戦略か!?」などという疑心暗鬼になってしまうくらいである。
LANケーブルの歴史を紐解くと、RJ11と呼ばれる電話用のモジュラージャックに遡る。これは家庭や会社の電話でよく使われているので、知っている方も多いだろう。RJ11の時代は用途がほぼ固定電話に限られていたので、抜き差しをする機会はほとんどなく、逆に簡単には抜けない構造や、必要以上の力がかかったときに電話機側を壊すことなく抜けるような構造などが求められた。
このRJ11を原型として、現在のLANケーブルの規格であるRJ45が作られたのだが、このときも基本的な要求仕様は変わらなかった。これが悲劇を生んだのである。電話と違って、ノートPCのように頻繁に抜き差しする状況においては、電話線規格をベースとするRJ45はポキポキ折れるというデザイン上の致命的な欠陥を持ったまま、IT化の流れによって世界中で使われることとなったのである。
ユーザーの怒りが頂点に達するのを知りつつも、ベンダー側はなかなか「ツメをアーチ型にする」というイノベーションを生み出すことができなかった。というのも、RF45規格は米連邦通信委員会 (FCC) によって規格化されており、誰もがそのデザイン形状を変更することは出来ないと思っていたのである。PANDUIT社の偉いところは、この思い込みを払拭し、「仕様の抜け道を探した」ことにある。実はRJ45規格(下図)を見直してみると、ツメ形状の例示と一部の寸法指定があるだけで、「ツメがアーチ型をしていてはいけない」ということを示唆する記述はどこにも見当たらないのだ。
これに目をつけたPANDUITは、「怒り」と「抜け道」によってイノベーションを起こし、このときに取得した特許によって、それまで泣かず飛ばずだったLANケーブル市場におけるシェアを独占的なものとした。競合他社の企画担当者と話したことがあるが、今や業界ではツメ折れはすっかり問題意識として定着したものの、PANDUIT特許よりもエレガントな解決策を見つけられない事が悩みの種だという。
怒りのイノベーションから学ぶことは大きい。まず、ライフスタイルやビジネススタイルが変化することによって、当たり前と思われていた要求仕様の齟齬を発見できたこと。これは顧客視点の観察や、自分自身がユーザになることで体験を共有できる素地があったためだと考えられる。次に、変えることの出来ないと思われている仕様を今一度見直し、現実的な解(BCP, best current practice)を生み出したこと。これは技術仕様だけではなく、社会通念や法制度に対しても言える事だ。
誰もが当たり前と思っていることを疑い、誰もが変えられないと思っている既成概念を突破する。怒りのイノベーションにおける、デザイン思考の重要性は大きいと思う。