2010年5月31日月曜日

エンジニアの思い上がり、デザイナーの下心。

とある年配の経営者と、デザイナーやエンジニアなどのクリエイターが考えるべき社会的責任、Creators' Social Responsibilityという観念について話しをしたときのこと。

  • 年配「それで、石垣さんはデザイナーなんですか?エンジニアなんですか?」
  • 石垣「エンジニアなんですが、デザイナーとの中間地点を目指そうとしています。」
  • 年配「じゃぁちょうどいいんだけど、どうしてデザイナーとかエンジニアに限って、すぐに社会貢献とか、ユニバーサルデザインだとか、BOPとかっていう綺麗事を言い出すんですかね?」
  • 石垣「いやまぁ、職業にかかわらず、noblesse obligeということじゃないでしょうか。」
  • 年配「こりゃまた大きくでたねぇ!てことはデザイナーとかエンジニアっていうのはそんなに自尊心が高いのでしょうな?」
これには言葉もない。noblesse obligeというのは、確かに格差社会における自尊心を満足するための貴族的立場の人々のための行動様式である。
  • 石垣「自尊心に富むのはごく一部の人だとは思いますが、なんというかまぁ、製品を作り出す職業としての誇りといいますか」
  • 年配「それって虚しい誇りなんじゃないんですかね。本当に社会貢献というのなら、あなたの居る企業の活動そのものが社会貢献とイコールになるようにしなくてはいけないでしょう。あくまでエンジニアとかデザイナーという小さな枠組みでピーピー言ってるっていうのはさぁ。」
  • 石垣「自分たちの思い上がりっていうことですか?」
  • 年配「そうね、なんだか、下心っていうか、外から見るとわざとらしい感じがするんですね。そんなに言うなら政治家になって世の中を変えるか、でなきゃユニセフにあなたの給料を全額寄付した方が効率いいんじゃない?」
このあたりの議論は、世代ギャップによるものも大きいように思った。大企業を中心とした産業の継続的成長を前提とする昭和的な価値観、とでもいうのだろうか。いずれにせよ、本音で話し合えるのは大切だと思う。と、まぁ、結局のところ「エンジニアの思い上がり」でも「デザイナーのわざとらしさ」でも、何でも良いのである。自分たちにできることを続けて、フィードバックを得ながら進めることが大切なのだろうなぁ。