進行役:ジークムント博士(以下、心理学者)
パネリスト:トーマス氏(以下、エンジニア)
パネリスト:アッキレ氏(以下、デザイナー)
心理学者
いきなり単刀直入にお伺いしますが、「デザイナーはなぜデザインするのか?」、「エンジニアはなぜエンジニアリングするのか?」ということについて、お二人は何らかの考えをお持ちでしょうか?
デザイナー
色々な考えがあるかと思いますが、多くのデザイナーの意見を平均すれば、おおむね「社会を良くしたいからデザインする」という方向に向かっていると思います。アーティストは内面からわき上がる創作意欲を元に作品を作るのに対して、デザイナーは常に創作物と社会との接点、すなわち関係性をつくる活動家だと言えるのではないでしょうか。
エンジニア
そういった意味では、きっとデザイナーもエンジニアも変わりはありません。アーティストとデザイナーの関係は、サイエンティストとエンジニアの関係に似ています。純粋なサイエンスというのは社会的な応用や製品化の可能性について考慮しなくても良いという「免罪符」を与えられています。サイエンスで培った知恵を、エンジニアリングによって社会還元する、これが科学技術と産業の発展を支える両輪なのだと思います。
心理学者
お二人とも、素晴らしいお考えをどうもありがとうございました。ここからは個別に、より具体的なお話しを伺いたいと思います。まずは世界的な工業デザイナーでいらっしゃるアッキレさんにお伺いします。デザインにおいて決定的に重要な事項として、美(Schönheit)という概念があるかと思います。
人々の「美」に対する感性、すなわち「美意識」というのは、どのように培われるのでしょうか?
デザイナー
一人の人間として生まれ、成長する過程で経験する、様々な環境との相互作用によって「学習」するのではないでしょうか。ですから「美意識」というのは基本的に、国や地域の生活文化や、それを取り巻く動植物などの自然環境によって、多種多様に異なるのだと思います。ある人が生まれてから物心がつくまでに、どのようなものを見たか、何に触れたか、どんな音を聞いたのか。そういった経験の蓄積によって培われるのが美意識だと言うことができます。
デザイナーというのは、こういった様々な美意識の集合体の「共通部分」のようなものを描き出して、多くの人が共感できるような姿を示し、それを大量生産する能力を持っています。例えば、Karl Blossfeldtが撮りためたようなものは、どの国にもある普遍的な美の姿でしょう。彼の作品は、どこの国にでもあるような植物の葉・ツタ・花・種子などが持つ造形的なパターンを並べたものであり、、まるで造形の「楽譜」のようなものだと言えます。もちろん北極や赤道直下などの極地においては、これらの美意識は成り立たないかもしれませんね。このように美とは主観的でありながらある客観的、絶対的なものでありながら相対的なのだと思います。
心理学者
美が「学習」によって培われる。また、それは文化や時代に依存した「相対性」を持つ、というのは、実に心理学的な意見だと思いました。ハーリー・フレデリック・ハーローという心理学者は、「針金で出来たサルの人形」を母ざるに見立てた実験をしています。針金サルに哺乳瓶を持たせ、小猿を育てるのです。このようにして育てられたサルは、針金サルを好み、逆にフカフカとした毛皮が生えている本物のサルの友達とは、コミュニケーションを取りたがらなかったそうです。
ハーローの実験は主に発達心理学の題材として取り上げられますが、美意識の形成を考える上でも重要だと思います。つまり、このように育てられた小猿にとってみれば、「針金のサルの方が美しく、逆に布で出来たサルのぬいぐるみや、本物のサルというものは醜いもの」だと知覚していたのではないでしょうか。
エンジニア
サルの実験は大変興味深いですね。それは人間にも適用できる気がします。
ある国では、冷たいコンクリートだけの現代建築が流行していると聞きます。そのようなところで生まれ、育った人というのは、美意識についてもクールで都会的なものになるのでしょうか?
あらゆる人工物を設計し生産するデザイナーとエンジニアという職業は、とても責任重大だということになりますね。
心理学者
そうかもしれませんよ。人口都市や工業製品の「デザイン」はある意味で、それをずぅっと見ながら育ち、暮らす人々によって吟醸される美意識の壮大な実験場だということができますね。
さてここで一つ、問題提起をしたいのですが。アッキレ氏がいうように、美意識は文化や地域レベルで組織的レベルまたは個人的レベルで学習されるものだとしましょう。そしてトーマス氏が指摘したように、その美意識を拡張し再生産する立場にある、デザイナーやエンジニアという社会的に認められた職業がありますね。それでは、その「デザイナー自身の美意識」あるいは「エンジニア自身の美意識」というのは、いったいどのように学習されるのでしょうか?